伝説のチャンピオンから未知なる強豪まで── 「フリッツ・フォン・エリック」呪われた鉄の爪一家 “悲劇”の正体に迫る! (1/3ページ)
必殺のアイアンクローを武器にトップヒールとして一世を風靡したフリッツ・フォン・エリック。その一方、地元のダラスではベビーフェイスとしてリングに上がり、プロモーターとしても大成功。富と名誉を手にして“エリック王国”を築いたが、その息子たちは次々と不幸な死を遂げた…。
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オカルトめいたエピソードの多いプロレス界だが、その大半は演出のため大げさに話を盛ったものである。
キラー・コワルスキーの“耳そぎ事件”などはその代表的な例だろう。コワルスキーのダイビング・ニードロップで左耳をそぎ落とされた相手選手が、そのショックで自殺した…というのだが、事実は微妙に異なる。シューズのひもが引っかかって耳がそげたアクシデントは実際に起きたものの、試合後、コワルスキーは病院に駆けつけ、相手選手も笑顔で見舞いに応じていたという。自殺は耳そぎ事件が原因ではなく、プライベートの問題に起因したものであったと、のちに関係者が明かしている。
しかし、コワルスキーはこの事故をきっかけに、それまで“ターザン”コワルスキーなどと名乗っていたリングネームを“キラー”に改めている。さらにコワルスキーは、若き日のアントニオ猪木も憧れたといわれる肉体美を誇っていたが、あえてその筋肉を落として妖しいムードを漂わせることで、トップヒールに上り詰めている。
そうしたオカルト系の逸話の中でも、極めつけと言えるのが“エリック家の呪い”だろう。
“鉄の爪”としてその名を全米に轟かせたフリッツ・フォン・エリックは、6人の息子のうち5人を亡くしている。なお、エリック家の長男は6歳のとき、池にはまったところに高圧電線が触れて感電死しているため、プロレスラーとしてはケビン、デビッド、ケリー、マイク、クリスの5兄弟。そのうちケビン以外の4人が早世しており、これをプロレス的演出と同列に語っては不謹慎かもしれない。しかし、その裏側にただならぬ暗部が見え隠れするのも事実なのだ。
この中で最初に亡くなったのはデビッドで25歳のときのこと。1984年2月、全日本プロレス参戦のため来日した際、宿泊先の都内ホテルで急死している。