奢れる平家に見事リベンジ!以仁王の挙兵で主君の雪辱を果たした渡辺競のエピソード (3/6ページ)
リベンジを誓う忠臣・渡辺競
彼の名前は渡辺競(わたなべの きおう)。頼政の郎党で、かの「酒呑童子」「茨木童子」退治で有名な頼光四天王の一人・渡辺綱(わたなべの つな)の子孫です。
歌川国芳「源頼光大江山にて酒呑童子を退治し給ふ」江戸時代
※ちなみに頼政は源頼光(みなもとの よりみつorらいこう)の子孫に当たり、代々の主従関係を保ち続けていました。
また、競は朝廷の警護に当たる滝口武者(たきぐちのむしゃ)としても知られ、その武勇から「競滝口」などの異名をとるほか、『源平盛衰記』によれば弓射の腕前は抜群、タフな精神と明晰な頭脳、そして都一番のイケメン……という完璧超人ぶり。
【原文】「弓矢取りては並敵もなく、心も剛に謀もいみじかりけるが、而も王城第一の美男なり」
※『源平盛衰記』十四・三位入道入寺事
加えて忠義に篤い競が、この話に怒りを覚えぬはずがありません。
「……そうか……宗盛の野郎、仲綱様にそんな侮辱を……よぅし、見ておれ!」
独りリベンジを誓い、挙兵に際して一計を案ずるのでした。
宗盛の名馬「南鐐」に乗ってさて、いよいよ頼政らの挙兵当日。もちろん競は先陣に名乗り出……たかと思ったら、あろうことか出立の刻限に遅れてしまいました。そればかりでなく、何を血迷ったのか、にっくき宗盛の元へ参陣する始末……いったいどうしてしまったのでしょうか。
もちろん、宗盛は武勇名高き競の加勢を喜んで出迎えます。