武蔵野市御殿山2丁目のむらさき橋の側にある「犬むすびの松」を調べてみた (2/5ページ)

心に残る家族葬

だがこのあたりは、太古に火山灰が堆積してできた関東ローム層に覆われていることから、水源が乏しく、土壌もやせていた。そのため、農業といっても稲作には向かず、主に穀物ならば大麦、小麦、ヒエ、アワ、キビなど、そして大根やウリなどの畑作が行われていた。しかもその際、ぬかや下肥(しもごえ)、馬糞などの肥料を補う必要があった。とはいえ、もともと江戸市中で商売を営んでいた人々が移住したところでもあったため、主に江戸時代後期以降からは、農業のかたわら、人通りの多い五日市街道や玉川上水の橋周辺で、雑貨類の小売りや、食材の煮売りを行なったりする人々が多かったという。

■吉祥寺と三鷹のちょうど中間、御殿山2丁目にあるゴヨウマツ「犬むすびの松」


このような歴史を持つ吉祥寺周辺をぶらぶら歩いてみよう。活気溢れる駅前周辺から井の頭公園を通り抜け、玉川上水に沿ってJR三鷹駅方面にしばらく歩いていくと、「面白い」ものがある。住所としては、武蔵野市御殿山2丁目になるが、「むらさき橋」のそばに、「犬むすびの松」と呼ばれる2m前後のゴヨウマツがある。

■犬むすびの松があった一帯はかつてオオカミの畑被害にあっていたが


そしてそこから少し北に進んだところ、現在は武蔵野市中町(なかちょう)だが、かつてその一帯は8丁(約8ヘクタール)の原野が広がっていたことから、「八丁野(はっちょうの)」と呼ばれていた地域がある。八丁野のある豪農の家には、幹の太さが20余尺(約6メートル)にも及ぶ立派なカヤの木があった。その木の下に棲みついたオオカミ夫婦が、子どもを育てていた。常日頃、やせた土地で丹精を込めて育てていた作物をキツネやタヌキ、そしてオオカミが荒らしたりしていたのだが、村人たちはいつしか、木の下のオオカミに残飯を与えるようになった。

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