武蔵野市御殿山2丁目のむらさき橋の側にある「犬むすびの松」を調べてみた (4/5ページ)
使者・従者のこと)」として敬いつつも、現実的に荒々しい性質を有していることから、人間に災厄をもたらす存在として忌避されてもいた。とはいえ、秩父の三峯神社や遠州(うんしゅう、現・静岡県浜松市)の山住(やまずみ)神社近郷の人々は、オオカミを「大口真神(おおくちのまがみ)」として祀り、その姿を描いたお札を神棚や門口に貼って、盗難除け、疫病除けのお守りとしていた。奥多摩の人々が移り住んだ八丁野だったからこそ、先祖代々のオオカミ信仰があったために、実際に身の回りにいたオオカミの家族を大切に扱った。そしてその死後は、亡くなったオオカミの年忌儀礼と旧来のオオカミ信仰が結びついて、「犬むすび」の儀礼が行われていたのだろう。オオカミが葬られていた「犬松」は1989(平成元)年に枯れてしまい、伐採された。そして「犬むすびの松」を偲ぶ「場所」は、現在の位置に移され、新たにゴヨウマツが植えられたのだ。
■生きとし生ける物への葬送儀礼が今後も続くように…
今年3月19日に、香川県丸亀市の警察犬訓練所に、元嘱託警察犬で、ラブラドールレトリーバーのメス犬「きな子」の墓が三回忌を前に建てられ、去年6月に亡くなった娘の「こむぎ」と共に葬られたことがニュースに取り上げられた。こうしたことは、全国津々浦々で「よくあること」だろう。そして「イヌ」のきな子やこむぎと八丁野の「オオカミ」とは何の関連もないが、餌をやるなど大切にしてきた生き物が亡くなった際、葬送儀礼を行う、お墓を建てるなどを当たり前とする「風習」が、我々の社会に今もなお生きていることを示している。こうした我々の振る舞いや思いが、5月1日の新天皇の即位による新たな時代を迎え、更にその時代が終わった後も、ずっと存続し続けることを心から祈るばかりである。