ショーケン死す「傷だらけの68年」秘聞(2)数多くの女性との関係 (1/2ページ)

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ショーケン死す「傷だらけの68年」秘聞(2)数多くの女性との関係

「テンプターズ時代には、雑誌の対談で知り合った江波杏子(故人)とつきあい、その後は『サインはV』(TBS系)で知られる范文雀(故人)と半同棲する仲に。その頃から共演者キラー、年上キラーぶりを発揮していた」(映画関係者)

 萩原の出世作となった72年公開の「約束」(松竹)では、岸恵子(86)に気に入られ、ラブシーンの撮影で大女優の洗礼を受ける。

〈舌が入ってきた。ビックリした。ビックリしたあまり、つむっていた目がパッと開いた。目を閉じていなけりゃいけない場面で、開いた目がまん丸になっちゃった〉(「ショーケン」より)

 そんな萩原も75年にモデルの小泉一十三(ひとみ)と最初の結婚。1児をもうけるが、3年後に結婚生活は破綻してしまう。皮肉にも、マスコミの過熱取材が新しい出会いのきっかけとなった。

「萩原は逃亡先のバリ島からなかなか家に戻れなかった。そこに救いの手を差し伸べたのが、いしだあゆみ(71)。自宅にかくまったことで、同棲生活に発展したんです。いしだのベッドで寝ている時に、萩原が寝小便をしてしまい、素直に謝る姿に女心をくすぐられたという話です」(芸能記者)

 萩原といしだは80年に結婚式を挙げたが、実際は入籍しない事実婚だった。

「いしだは萩原から預かった結婚届を役所に提出していなかったんです。もっとも、もし入籍していれば、83年の大麻所持事件で負わされた3億円とも言われる違約金をいしだが肩代わりするハメになっていたかも‥‥」(芸能記者)

 それでも萩原はモテた。96年にCM撮影現場で知り合った一般女性と再婚(06年に離婚)するまでに、女優・藤真利子(63)、バイオリニストの前橋汀子(75)らと浮き名を流した。

「萩原は女にはとにかくマメで、自分を“マメケン”と称していたほど。75年に放送された『前略おふくろ様』(日本テレビ系)の撮影に入る前、役作りのために1年ほど板前修業をしていた。それがきっかけで料理にハマり、妹のようにかわいがっていた桃井かおり(67)を自宅に招いては手料理をふるまっていた」(映画関係者)

 中でも世間の注目を集めたのは、アントニオ猪木の妻だった倍賞美津子(72)との不倫劇だ。

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