渡辺正行、お笑いの道を進む“きっかけ”になった人物とは? (3/3ページ)

日刊大衆

 たとえば、杉並区にある明大和泉キャンパスへの通学には、新宿駅から明大前駅まで京王線に乗って行くんだけど、俺は当初、いつも各駅停車に乗っていた。地元のローカル線、国鉄・木原線(現・いすみ鉄道)は各駅停車が当然だったし、特急や急行に乗るには別の券が必要だと信じて疑わなかったからだ。

 それなのに、老若男女問わず、特急や急行に乗る人が多かったから、「うわあ、東京の人って金持ちなんだなあ」と驚いたものだよ(笑)。その後、誰でも乗れると知ったときもまた驚いて、当時の俺は、それぐらい田舎者だったんだ。

 入学以降、和泉キャンパス内では数多くのクラブやサークルが新入生の勧誘活動を続けていた。その中に落研の面々もいた。「楽しいよ〜! 落研、楽しいよ〜!」着物姿の彼らはプラカードを持ちながら、大声を上げていた。それを見た瞬間、俺は直感した。「ああ、この人たち……バカが集まって楽しそうだなあ……(笑)」って(笑)。

 ところが、なんとなく楽かなと思って大学1年の5月にいざ入ってみると、部員は皆、バカなんかではなく、すごくマジメで、真剣に落語に取り組まなければいけなかった。さらに上下関係もとても厳しかった。「なんだよ! 今までやってきた剣道部のときと同じじゃないか。やべえなあ……」そう痛感した俺は、1か月後にはもう辞めることを考えていた。

 もともと落語もちゃんと観たこともなく、落語家も林家三平立川談志、月の家円鏡くらいしか知らなかったし。

ーー現在発売中の『週刊大衆』5月6日号では、このあと立川志の輔に出会ったことで落語に本格的にのめり込んでいく渡辺正行の様子がつづられる。お笑い界の重鎮・リーダーの原点を見届けよう。

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