ユニコーン/電大・川西幸一の人間力「こいつらと一緒にいる瞬間こそがバンドなんだな」 (1/3ページ)

日刊大衆

川西幸一(撮影・弦巻勝)
川西幸一(撮影・弦巻勝)

 ドラムを始めたのは、中学生の頃です。あるとき、ビートルズを聴いていたら、ジョンとポールがシャウトしている曲があったんですね。それで“人間も動物みたいに叫んでいいんだ!”って感動して、その瞬間から音楽をやろうと思ったんです。ビートルズのジャケットを見ると、ひとり、すごくカッコイイ人がいる。それがリンゴ・スターだった。彼がドラマーだったので、僕もドラムを始めました。

 今は楽器を教えてくれるところもたくさんあるけど、当時はまったくありません。とりあえず、ヤマハの一番安いドラムセットと教則本をローンで買いました。当時の値段で5万円くらい。新聞配達のバイトをして返済しましたね。

 でも教則本を読んでも、どう叩いていいか、さっぱり分からない。だから練習方法は“目と耳でコピー”。テレビの洋楽番組を見ながら、ドラムを必死にマネしましたね。もちろん、まだビデオなんてないから、その場で(笑)。

 ユニコーンとしてデビューしたのは1987年。でも実は、その前に一度音楽に限界を感じて就職しているんです。1年くらい、設計事務所で電機設計の図面を引いてました。会社では、自分の席の5メートル先に、30歳年上の課長が座っていた。それであるとき、ふと「30年かけて、俺は5メートルしか進めないのか!?」と感じて、怖くなってしまった。

 ちょうどその頃、(奥田)民生がいたバンドのドラマーがライブに出られなくなって、僕が代役を頼まれて叩くことになった。そのライブ後、「いつものライブとは全然違った」と、褒められたんです。それで、「俺のドラムを待っていてくれる人がいるかもしれない」と思って、次の日に辞表を出しました(笑)。そのときから、死ぬまで一生、ドラムを叩き続けようと決めましたね。

■辞めた後にいろいろなバンドをやって気づいた

 ユニコーンは、6年間活動した後、1回解散しています。僕は解散の直前に脱退しました。

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