美空ひばり「不死鳥お嬢伝説」離婚、酒、抜群の歌唱力…いま明かされる新事実! (3/6ページ)

日刊大衆

「クラブ経営者冥利に尽きる体験でした」(同)

 また、ひばりは石原裕次郎王貞治ら昭和の大物スターとの交友もあった。山本氏によれば、勝新太郎も彼女をかわいがり、その歌を愛したという。「僕が、お店の30周年公演に誰に出てもらおうかと考えていたときに、勝さんに相談したら、答えは“兄弟、そりゃ、ひばりちゃん以外にいないよ”でした。それで僕も、実現に向けて準備を進めたんですが……」

 1987年(昭和62年)4月、ひばりは極度の体調悪化を訴えて入院。プランは幻に終わった。

■蒋介石総統夫人から夕食会への誘いを断り…

 ひばりを語るうえで、家族との関係を抜きにすることはできない。 特に、母親の加藤喜美枝とは“一卵性親子”ともいわれた。ひばりの最大の理解者で、演出家で、プロデューサーだった母だが、芸能界しか知らず、どこか浮世離れしていた。ひばりのマネージャーを長年務めた嘉山登一郎氏は、著書『美空ひばり秘話 俺のどうにか人生』(近代映画社)の中で、信じ難い逸話を披露している。1965年(昭和40年)に、台湾公演を行った際、蒋介石総統夫人(宋美齢)から、夕食会への誘いを託された人物がやって来た。ところが、事務所のマネージャーが不在で、蒋介石も宋美齢も知らない喜美枝は、なんと……、「ひばりに会いたかったら、そっちから来ればいい」と断ってしまったというのだ。「あのお母さんなら、十分にありえる話ですね(笑)」(芸能プロ関係者)

 戻ってきたマネージャーは、国家元首夫人からの誘いを、失礼な物言いで断ったことを知ると、「これはまずい!」と考え、翌朝6時の飛行機で緊急帰国するように取りなした。

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