「何度も死のうと思った」 働き詰めのサラリーマンはいかにしてうつから抜け出したのか(前編) (3/5ページ)

新刊JP

SHINGO:情報が「今、自分の体が動かない」ということしかないので、とりあえず今日は休もうという感じです。会社には39℃の熱があると嘘をつきました。「うつになりました」と言うとみんなビビるので(笑)。

――その後、本の中では、仕事を全くしない10歳の年上の部下からメールが来ますよね。「体調を壊すなら、きちんと仕事をされた上で体調を壊してください。未熟な上司の下につくこちらの身にもなってください」という苛烈な文面ですが。

SHINGO:実はその流れは実際とは少し違うんです。物語に出てくる「坂上」というパワハラ上司のモデルになった人は、僕が倒れる少し前に異動しています。だから逆に彼がいなくなって一気に緊張感が解けてしまったのかもしれません。その時の直属の上司は配属されてすぐに急に部下がうつ病になってしまったので可哀そうなんですけど(笑)。

休む報告を入れたら、10歳年上の部下、この物語だと「高田」という部下からメールが来て。完全にそれで糸が切れてしまったように思います。「体調を壊すなら、きちんと仕事をされた上で体調を壊してください」という言葉はきつかったですね。部下だけど年上なので、すごく扱いが面倒な存在だったのですが…そういういびつな上下関係も日本ならではですよね。

――その後、マサユキは精神科にかかってうつと診断され、その後からうつのトンネルを抜ける道を歩んでいくわけですけど、自分が前向きになっているように感じられたのはいつ頃でしたか?

SHINGO:うつと診断されたのは12月で、会社を辞めたのは3月ですが…まさに会社を辞めたときでした。それでもやもやの半分が溶けたと思います。なんだかんだで人事部に「辞めます」と言うまでは病的でしたよ。それに最初にも言いましたけれど、自分の仕事があまりにも膨大だったんです。その膨大な量の仕事を誰かに分配しなきゃいけないというのも、できるのかなと。

――ただ、その3月までの間で、少しずつ心が前向きになるきっかけはあったのではないですか?

SHINGO:明確には覚えていませんが、神社をまわったりとか。

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