「何度も死のうと思った」 働き詰めのサラリーマンはいかにしてうつから抜け出したのか(前編) (4/5ページ)
本では一人旅をしていますが、実際は知人と一緒にいろんな神社に行っているんです。それで自然に触れたり、久々に夕日を見たりして、だんだんと人間に戻っていく感覚はあったかもしれないですね。
――ここからは本の内容に合わせて少しスピリチュアルな話も交えていければと思うのですが、マサユキは高野山で龍を見たあとに、実際に龍に出会い、疑心暗鬼になりながら龍の言葉をどんどん受け入れていきますよね。SHINGOさん自身もそうして様々な言葉を受け入れながら人生を変えていったのだと思いますが、どうにもならない時は、「何かに流される時間」を持つことが大切なのではないかとも感じました。SHINGO:確かにサラリーマンをしていた頃の自分と、今の自分の人生はまったく違っているし、龍が見えて、龍の教えに従ってスピリチュアルな活動をし始めてから人知を超えたことが身の回りに起き続けています。
でもそれは、「流れに身を任せた」というよりも「流れが来た」という感じなんです。流れが来て、それに乗るにはやはり自分の力が必要で、スルーしちゃうこともできるんですよ。実は結構そういう人が多くて、チャンスがめぐってきても目の前を通り過ぎていってしまう。龍の存在は僕にとっては真実だけれど、もし龍を信じられなくても、そういう存在があると仮定したときに、自分でその存在をつかみにいく。そうすると、グッと引き上げてくれるはずなんです。
だから、龍の言葉に流されるというよりは、自分以外の存在の力を借りて生きる生き方と言ったほうが、マサユキの生き方の表現としては正しいかもしれません。確かに彼は主体性があまりないけれど、助けてくれる存在に助けを借りながら、人生を前向きにしていくんです。それは、助けを無視して生きているサラリーマン時代の自分の人生とは明らかに違います。
――その「流れ」というのは、例えば経営者が「運」や「チャンス」という言葉で表現するような何かと考えていいのでしょうか?SHINGO:そうですね。「運」とか「ラッキー」と言っていいのかもしれない。ただ、その運やラッキーは何気ないところで流れてくるので、非常に分かりづらい。だから、いつもよく見ておいて下さいねと本書で言っています。