「どうにかなろう」じゃ日本が滅ぶ!今こそ伝えたい幕末の名臣・小栗上野介の生き様と名言【下】 (2/4ページ)
「多額の費用を投じたところで、製鉄所が出来る頃には当の幕府が存続しておるかわからんな(笑)」
それでは本末転倒かも知れませんが、忠順にはもっと大きなビジョンがありました。
自分が提言し、総力挙げて進めているこの事業は、幕府のためとか、薩長藩閥のためとか、そんな小さな視野ではなく、日本国の命運を切り拓く力となる。
一大軍港に発展した明治期の横須賀。
己の利害損得を越えて公益に供する誇りと、国家百年の大計に与(あずか)る自負を持てばこその台詞と言えるでしょう。
「病の癒ゆべからざるを知りて薬せざるは孝子の所為にあらず。国亡び、身倒るるまでは公事に鞅掌するこそ、真の武士なれ」【意訳】「親が不治の病と知って、薬を与えないのは親孝行ではないように、滅ぶだろうからと言って幕府を見捨てるのは、武士の振舞いではない」
倒幕の機運が高まる中、我が身可愛さにそれまで御恩に与っていた者たちが次々と幕府を裏切る中での台詞と伝わっています。
どこまでも真っ直ぐに生きた忠順。
勝負盛衰などはしょせん時の運に過ぎない。最後まで自分にできる最善を尽くしてこそ、開ける未来もあるというもの。
どこまでも真っ直ぐな忠順の生き方が、よく表れた台詞の一つです。