AIは全人類が帰依する新たな宗教か。作家・片山恭一が考える「AIがもたらす人類の未来」(前編) (2/4ページ)
それは、AIについて考えることは、人間について考えることなのだということでした。僕たちのやっていること――例えば、医師による画像診断や株取引なんかもそうですけど、どんどんAIに置き換わっている。では、人間に何が残るのだろうかと考えると、僕がこれまで拙く「愛」と呼んできたものだと思うんです。
――AIと置き換わらないものが「愛」であると。片山:最も人間らしいものですよね。「愛」という言葉が適切かどうかは分からないけれど、「人を好きになる」というような人間の中にある情動が炙り出されてくる。そういう意味で、この『世界の中心でAIをさけぶ』というタイトルは示唆的でした。

片山:ユヴァル氏については『サピエンス全史』がとても面白かったんですよ。貨幣や国家は共同主観的現実であると。その言い方をすれば、「死」もそうだと思うんですね。人間はなんらかのフィクションを作り、その中で生きていく動物です。国家や貨幣というフィクションは長く人間の生き方を拘束してきたと思うのですが、今、それが終わりを迎えようとしているように感じるんです。
例えば貨幣は国家の信用によって裏付けられていますが、裏を返せばそれだけです。かつては金との兌換によって価値は保証されていたわけですが、第二次世界大戦後はドルが基軸通貨となり、アメリカという世界最強の国が貨幣の価値を裏支えしていたと思うんです。ところが、国家が信用をなくして弱体化すると、その貨幣に対する信用も危うくなる。日本ではかんぽ生命が不適切販売問題で揺れていますけど、郵便局がそんな間違えたことをするなんて思わないでしょう。民営化以前は郵政省という行政機関で、政府が裏にいるわけですから。