古代マヤ文明の滅亡は戦争が原因ではなかった?破壊的な戦闘行為が長く繰り返されていた可能性(米研究) (2/5ページ)

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ライダー(レーザー光による検知・測距装置)調査で示された、マヤ儀式の中心地全体。ラグナ・エクナーブ(白い部分)を見下ろす石灰岩の尾根に沿って2キロに渡
ってのびている。ラグナ・エクナーブは、マヤの古環境研究のためのサンプルを採取した湖。
image byFrancisco Estrada-Belli, PACUNAM & Tulane University

・一般市民を巻き込んだ破壊的な戦闘行為が行われていた可能性も

 従来の研究では、古典期の古代マヤ文明間での戦争はもっぱら儀式化されていたというのが定説だった。

 範囲が限定的で、貢物や身代金のために高官を捕虜にするとか、一般市民など非戦闘員は極力巻き込まないなど厳格な取り決めがあったのだ。

 だが古典期末期のマヤでは兵士だけでなく一般庶民も巻き込んだかなり破壊的な戦闘行為、つまり無差別な総力戦を行っていたことが分かったようだ。その結果、町が徹底的に破壊されたというのだ。


・町を破壊したり王族を井戸に投げ込んだりの情け容赦ない総力戦

 カリフォルニア州メンローパークの米地質調査所(USGS)の地理学者デヴィット・ウォール氏によると、

破壊行為で町は徹底的に破壊され、王族は連れ去られ、井戸に投げ込まれたり、儀式の中心地に埋められたりした。私たちは初めて、古典期のマヤの攻撃の広範な影響の状況がつかめてきた。マヤがとった手段が地元住民にマイナスの結果を及ぼしたことが分かる

とのこと。

 現在、古代マヤはこれまで考えられていたのよりずっと早くこうした情け容赦ない総力戦を行っていた可能性があるという考えが主流になってきている。
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