「自己」がAIに置き換わる時代の文学とは? 作家・片山恭一が考える「AIがもたらす人類の未来」(後編) (3/5ページ)

新刊JP

エネルギーをほとんど使わない状態で飼い殺しになって、データだけ搾取されるというような方向性しかないんじゃないかと思うんです。ユヴァル氏は「ケミカルに幸せになってもらう」と言っていますが、資源やエネルギーを使わない形で幸せになってもらうという可能性は十分に考えられますよね。

今、人々に自由で平等な幸せをもたらす役割を果たしているのがスマートフォンです。僕はスマホは強力なドラッグだと思っています。それが一台あれば音楽も映画も観られるし、アダルトサイトも見ることができる。おそらくはバーチャルな性行為もできるようになるでしょう。スマホを通して人々の快楽を提供するので、幸せになってください、と。

■人生がAIに帰依する時代の文学の形 ――現代はその人がどんなウェブサイトを見たかという行動データを通して、嗜好にあった広告を見せることができたりします。つまり、自分の好みにあるものしか見なくなる時代になっていますが、そういう時代の文学・フィクションはどのように変化していくのでしょうか?

片山:僕たちが「自分」や「私」といっている存在は、AIに置き換わると考えるべきでしょう。もう少し言うと、僕たちが生まれてから死ぬまでの時間はすべてデータ化され、個人がビッグデータの一つの端末に置き換わるということです。

ただ、僕たちには生まれてから死ぬまでの時間しかないのかというと、そうではないですよね。「未生」という生まれる前の感覚、「未来」という死んだ後の感覚もあるはずです。例えば、肉親が死んでしまったときに、その肉親の死後を感じますよね。そういうものを上手く言葉にしていくことが、僕が考える文学になるような気がします。

――それはこれまでの文学の形ではなく…。

片山:これまでにないものになっていくでしょう。これまでの文学はその人が生きていく間を描くものでした。特に近代文学は「自己とは何か」「自分探し」が大きなテーマです。しかし、人生の時間がAIに置き換わり、自分を見つけてくれるのもAIになるわけですよね。Amazonをのぞくと、勝手におすすめの商品を紹介してくれる。それで「自分ってこんなものが好きだったんだ」と気づくこともある。そんな時代です。

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