「ジャイアント馬場とアントニオ猪木」藤波辰爾&天龍源一郎がプロレス談義! (3/6ページ)
テレビ中継を見ても、会場が埋まってるから羨ましかったもん。
藤波 猪木さんの馬場さんに対するライバル心が、大きく作用したと思いますよ。豪華な外国人選手が呼べる馬場さんに対して、猪木さんは異種格闘技戦をやったり、無名のタイガー・ジェット・シンをスターにした。テレビ中継している会場に空席が見えたら、猪木さんは営業担当を呼びだして殴ってましたね。今だったら、問題になっているかもしれない(笑)。
天龍 逆に、馬場さんが営業に声を荒げているところは一度も見たことがない。頭にきていたとは思うんだけどね。金沢で興行があったとき、馬場さんから「この客入りで会社にいくら残ると思う?」と聞かれて、「1000万円は残るんじゃないですか」と答えたら、「バカヤロー。何十万だよ」と言われたことがあるんですよ。その日は、ほとんど招待客だったらしくて怒ってました。でも、営業に「馬場さん、今日の売り上げです」と数字を見せられて、それが良くても悪くても葉巻から煙を吐いて「そうかぁ」と言うだけ。
■プロレスのレジェンドにフォール勝ち
――いつでも、悠然としていたんですね。天龍さんはそんな馬場さんから、1989年11月に札幌でフォール勝ちしました。
天龍 重たくて、なかなか持ち上がらないんだけど、「これでも喰らえ」と、パワーボムを決めて。「返してくるだろうな」と思ったけど、そのままフォール勝ちしたんです。でも、「馬場さん、返せたんじゃないですか?」と戸惑いました。自分の会社のトップに勝つということは、“何かを押しつけられた気持ち”になるんですよ。「お前、分かってるんだろうな」と、すべてを任された感覚になって重荷に感じましたね。
藤波 僕が猪木さんからフォール勝ちしたときも、同じ気持ちでしたね。野球や相撲ならトップに立てることはうれしいと思いますが、僕は素直に喜べなかった。また、フォール勝ちしたときに猪木さんがニヤリと笑ったんですよね……。
天龍 育ててもらった恩があるから、「勝った負けた」じゃ超えられないものがあるんですよ。僕も藤波さんも「馬場」「猪木」と呼び捨てにしないでしょ。それがすべてを物語ってますよ。