源義経は複数いた?美男子ではなかった?日本各地に残る義経伝説の実情とは (3/3ページ)

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3つの文献を参考に義経の容貌を想像すると、「色白の小柄の男で前歯が出ていた」というのが真相のようです。

では、にもかかわらず義経美談施設が後世に伝わったのはどうしてでしょうか。

2人の義経?

実は、その原因は2人の義経にあるとされる見方があります。つまり、美女のように美男子だったのは、牛若と呼ばれた源義経のほうで、源平合戦で活躍したのは牛若と呼ばれたほうではなく、もう一人の義経の方だったでは?といわれています。

そのもう1人の義経とは、鎌倉幕府の正史『吾妻鏡』に登場する山本義経のこと。山本は、近江(滋賀県)の住人で、ここで武者修行をして戦の天才と呼ばれる素地を身につけたといわれています。一方の義経は瀰漫し、もう一方の義経は戦の天才。こうして、両方のいいところを合わせて作られたのが、後世に伝わった義経だというわけです。

『吾妻鏡』における山本義経の記録は木曽義仲との戦いの途中からすっかりなくなってしまいます。そして、源義経の華々しい登場と入れ替わるようにその存在は影をひそめます。

悲劇の武将義経の逃亡から自刃の軌跡は、日本各地に「義経伝説」を残しました。

ひょっとすると、日本各地残された義経伝説の中には、山本義経に因むものも混交されているのかもしれませんね。

参考:

黒板勝美 『義経伝』 伊藤 加津子 『九郎義経の謎―三人の義経』 関幸彦『源義経 ~伝説に生きる英雄~』

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