隅田川でもうなぎ獲り放題!?江戸時代のファストフードが高級すぎる件 その2 (2/2ページ)

Japaaan

また、稲荷寿司と巻き寿司を詰めた弁当が「助六寿司」と呼ばれますが、これは歌舞伎十八番の「助六由縁江戸桜」において、助六の想い人の名が揚巻(あげまき)であることから来ています。

揚巻の「揚」を稲荷寿司に使う「揚げ」に掛け、揚巻の「巻」を巻き寿司に掛けています。芝居の幕間はこれで決まりですね。

うなぎ

今や絶滅危惧種、天然物にはほとんどお目にかかれなくなってしまったうなぎも江戸時代にはなんとファストフードの1つで、屋台や担ぎ売りで気軽に買えました。

なんでもうなぎは、隅田川でも嫌というほど獲れ、珍しくもなんともなく、高級魚などという代物ではなかったらしいのです。

宮戸川之図(歌川国芳 画)

食べ方も今とは異なっており、江戸の前期にはわざわざ裂いて開いたりせず、一本をそのままぶつ切りにして串に刺して焼いて、味噌や塩につけて食べました。その姿が植物の蒲(がま)の穂に似ているので、「蒲焼き」と言うようになったという説があります。

今では考えられない、なんとも贅沢な、というか言ってしまえば雑な食べ方ですが、うなぎはそれだけ安価で手の届きやすい魚だったのです。

江戸中期の元禄年間以降になると、丸焼きだけでなく、今のように裂いて開いて蒲焼きにする露店などがぽつぽつと登場し始めます。しかしちゃんと開いた蒲焼きだとしても、今のようにお重に大切に乗せられることはなく、開いた蒲焼きをやはり串に刺して、誰でも気軽に食べられるファストフードでした。

江戸時代のグルメに関してはこちらの記事もぜひご覧ください!
江戸時代グルメ雑学

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「隅田川でもうなぎ獲り放題!?江戸時代のファストフードが高級すぎる件 その2」のページです。デイリーニュースオンラインは、江戸時代食文化カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る