本好きのリビドー (1/3ページ)
◎悦楽の1冊
『漂流怪人・きだみのる』 嵐山光三郎 小学館文庫 610円(本体価格)
★怪人の行状に隠された謎とは
並べて冷静に見れば違いは明白なのに、なぜか紛らわしい名前は多い。阿藤快と加藤あい、倖田來未と江沢民、作家で例えれば隆慶一郎と峰隆一郎で、この場合どちらも時代小説の書き手なだけになお余計で、同様にと申しては甚だ恐縮乍ら長らく「きだみのる」と「なだいなだ」を混同すること久しかった。全然別人だろ! とお叱りを受けようが、平仮名の筆名同士なのに加え、前者の代表作が映画化もされた『気違い部落周游紀行』なのに対して、精神科医である後者にも『くるいきちがい考』という著書があるだけにややこしい。
しかし、本書を一読し俄然認識を改めた。いやはやとんだ暴走老人((c)石原慎太郎)の先達がいたもので、ファーブル『昆虫記』の翻訳者にしてパリ大学でマルセル・モースに人類学の手ほどきを受けた(ということは岡本太郎の先輩か)きだみのるは反骨、気骨、土性骨すべてが備わった生粋骨がらみの自由主義者にして大酒飲みの健啖家な上、野性の料理上手(イラストつきでレシピが紹介されるが、どれも実に旨そう)。「人間は宴会をするために生きている」とうそぶき、女性にも旺盛で、還暦をすぎて人妻に産ませた7歳の少女を連れて愛車で全国を流浪しつつ執筆に励む。
著者が平凡社の編集者だった28歳での出会いの記憶を導火線に、無限の屈託を抱えた怪物的知識人の肖像が鮮烈に浮かび上がる。60年代を彩る綺羅星のごときスーパースター達との邂逅を描いた『口笛の歌が聴こえる』や、『楢山節考』の作家深沢七郎との身を削る修行のような交流の日々を綴る『桃仙人』に連なる嵐山氏一流の傑作回想劇だ。
この世で最も面白い職業は編集者なのではないかと思わせる、対象への敬意と愛情にあふれた感動の1冊。
_(居島一平/芸人)
【昇天の1冊】
渋沢栄一は明治初期の日本の偉人の1人だが、名前を聞いてもピンと来る方はさほど多くはないかもしれない。だが、元号が令和に入った今年4月、20年ぶりに刷新される1万円札に肖像画が使用されることが決定し、にわかに注目を集めている。