良い小説は「ボイス」が聞こえてくる 平野啓一郎と速水奨が語る小説論、演技論(前編) (3/5ページ)

新刊JP

速水さんはそういった社会情勢や世の中の空気の移り変わりを出演作から感じることはありますか?

速水:僕らの職業は、自分が発信するよりも作家が書いたものや文字をいかに言葉として正確に伝えるかがメインですが、言葉が変化していることはすごく感じます。日本語の意味や言葉のとらえ方もそう。「殺すぞ」って普通にジョークで言われるし、元来の意味とは違う意味を持っている。僕らはそこから逃れられないので、そこに変化を感じますね。でも、そういう言葉を使っていると、心にも影響するんじゃないかと。そういうところから、世の中が乱雑になってきているのかなとは思うことはあります。

■小説にある「声」、演技にある「分人」 ――本作の「他人の人生を生きる」というコンセプトは平野さんが提唱する「分人主義」が色濃く反映されています。一方で速水さんの俳優という職業は「個」の中のいろんな顔を使い分けて他人の人生を表現するものだと解釈しています。その意味で、今回『ある男』のオーディオブックからお互いに受けた刺激があればおうかがいできますか。

平野:日本だと小説は「文体」についてすごく言うんですけど、欧米、特にアメリカの文学関係者は「ボイス」という言葉を使うんですよね。読んでいる時にいい「ボイス」が聞こえてくると、個性的で良い小説なんだという評価があって、僕もある時から「文体」だけでなく、自分なりの「声」のようなものを意識するようになったんです。今作での速水さんは、僕が想像していた以上にすっと胸に染み入るような声、読み方で朗読してくださっていて、それは本当に嬉しかったですね。

分人主義というのは、一人の人間の中には、対人関係毎の色々な人格があるという考え方で、その一つ一つの人格を「分人」と表現しています。僕たち一人一人は、いろいろな「分人」の集合体として存在していて、重要な分人もあればあまり重要じゃないのもある。その構成の比率はどんな人と接するかによって変化していくんですね。

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