意外と知らない? 炭酸の「ウィルキンソン」は正真正銘の国産ブランドだった (2/4ページ)

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「大阪鉄工所(のちの日立造船)を創業したエドワード・ハンター氏の精米所(兵庫新在野町)で技師として働いていました。その精米所での雇用が終了した後に天然炭酸鉱泉水事業に携わっていったと考えられます」

1901年、クラウンコルク(王冠)の使用を開始
1901年、クラウンコルク(王冠)の使用を開始

ウィルキンソン氏が発見した炭酸鉱泉のある宝塚は、当時から良質な鉱泉が出るところとして知られていたのだろうか。付近には、他にも、鉱泉を使った飲料があったのか?

「ウィルキンソン氏が炭酸鉱泉を宝塚で発見(1889年、明治23年)する前に、当時宝塚で温泉会社を営んでいた保生会社がラムネを製造していました。保生会社とは温泉場を開発・経営するために設立された会社のことです。
ウィルキンソン氏はその事業を譲り受け、製造設備をイギリスから取り寄せて紅葉谷工場を設立し、天然炭酸鉱泉水事業を始めました(1890年、明治24年)」

1904年設立した、ザ クリフォード ウィルキンソン タンサン ミネラル ウォーター有限会社の事務所
1904年設立した、ザ クリフォード ウィルキンソン タンサン ミネラル ウォーター有限会社の事務所

ウィルキンソン氏は、宝塚に洋式高級ホテル「タンサン・ホテル」を開業し、海外の取引先などを工場見学に招いていたそうだが、「タンサン・ホテル」とはどんな施設だったのか?

「ホテルの規模、客室数、宿泊客の数などの記録は残っていません。

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