意外と知らない? 炭酸の「ウィルキンソン」は正真正銘の国産ブランドだった (1/4ページ)
ウィルキンソンの歴史とは
つい最近の話だが、炭酸で知られるウィルキンソンが、外国のブランドではなく、実は国産だったということが、ツイッターなどでずいぶん話題になったことがある。てっきり外国産だと思い込んでいた人がいかに多かったか、ということだろう。
「ウィルキンソン タンサン」は、兵庫県の宝塚付近で発見された鉱泉が、そもそもの始まりだ。下の写真がその発見者、ジョン・クリフォード・ウィルキンソン氏だ。1889年、明治22年頃、今から130年以上も昔のことである。

晩年の頃(60~70歳)のジョン・クリフォード・ウィルキンソン(以下画像はすべてアサヒグループホールディングス提供)
では、ウィルキンソン氏とはいったいどんな人物だったのだろう? あなたはご存じだろうか。Jタウンネット記者もまったく知らなかった。そこで、「ウィルキンソン タンサン」を販売するアサヒグループホールディングスに詳しい話を聞いてみることにした。
海外の取引先を招いた「タンサン・ホテル」とは?
1890年、ウィルキンソン氏が最初に手がけた「仁王印ウォーター」のラベル
Jタウンネットの取材に答えてくれたのは、アサヒ飲料株式会社コーポレートコミュニケーション部の担当者だった。
アサヒ飲料の公式サイトには、ウィルキンソン氏は1852年、英国に生まれ、1872年、日本に渡航し、1889年、兵庫県宝塚で炭酸鉱泉を発見した、と記されている。その間、どこで、どんな仕事に就いていたのだろう。