貝合せって?絵師・鈴木春信の代表作「風俗四季哥仙」から江戸文化を探る!春信の魅力 その3【前編】 (3/5ページ)

Japaaan

左右二方に分かれて貝を出して比べ,貝の形や色の美しさ,大きさ,珍しさ,種類の豊富さなどが勝敗の判定規準になった。もっぱら平安時代に行われ,風流善美を尽くした洲浜(すはま)の台を作って飾ったり,貝に歌を詠みそえたりした。資料としては1040年(長久1)貝の豊富な伊勢で行われた斎宮良子内親王の貝合が最も古く(平凡社・世界大百科事典 より引用)

“貝合”については上記の引用文でうかがい知ることができます。

筆者がここで特に注目するのは、“風俗四季哥仙 三月”に使われている和歌は作品集“斎宮貝合”から選ばれたものです。“斎宮貝合”は1040年6月18日に編纂されました。

1040年に斎宮を務めていたのは良子内親王であり、上記にある“資料として最も古い”とされる“貝合”で詠まれた和歌が編纂されたのがこの“斎宮貝合”だったということです。

そしてこの“貝合”は『斎宮良子内親王貝合』と呼ばれ、長久元年(1040年)5月6日に行われました。

鈴木春信が浮世絵師として初作を発表したのは1760年です。この時代、書物でを読むこと、もしくは人から教えられることでしか和歌を知り得なかったはずです。鈴木春信がこの和歌を選んだということに、教養の奥深さ、あるいは人的交流の広さを感じずにはいられません。

洲浜

上記にある“州浜”とは、流れ込む川の勢いにまかせて出来た入り組んだ浜辺のことをいいます。日本は四方を海に囲まれています。昔、日本人は海の向こうから神々がやって来ると信じ、陸と海の境目である海辺を聖なるものと考えていたという説もあります。

たとえば家紋で“洲浜紋”という紋がありますが、このような形です。

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