不器用すぎる親心?織田信長が子供たちにつけたユニークすぎる名前を一挙紹介! (4/6ページ)
他にも具はあっただろうから、もしかしたら「人参」になったかも?(イメージ)。
もしかしたら味噌汁に牛蒡(ごぼう)でも入っていたのを口走り、それでは不憫だと家臣たちが漢字を変えたのかも知れません(信長も、名前の漢字表記など気に留めなかったでしょう)。
大洞&小洞(六男・織田信秀&七男・信高)明らかにセットにされた二人の幼名は「おおぼら」と「こぼら」。
まるで法螺吹きみたいですが、何か気宇壮大な出来事でもあったのか、あるいは眉唾な話でも聞かされたのか、いずれにしても思ったことをすぐ口にして、それが名前にされてしまう習慣はすっかり定着していたようです。
酌(八男・織田信吉)
母親の名前が「鍋」だから、その子は酌(しゃく。お玉)でよかろう……というのが命名の理由らしいです。
しかし、お鍋の方は既に子を産んでおり、これもまた例によって信長の気まぐれでしょう。