神社では「自分のための願掛け」はNG! 「祈り方の先生」に聞く参拝の本質とは? (2/4ページ)
一方で、前半部分だけで終わっている方は知っていることばかりしか書いていないとなります。ただ、全ての作法はこの本の最後に書いていることにつながりますから、最後まで読んでほしいですね。
――確かに序盤は神社参拝のマニュアル的な本だと思いました。それが、第9の扉、第10の扉でその意味が分かるという新鮮さがありましたね。本書を執筆された経緯について教えてください。北川:実は私自身、神社での「祈り」について分かっていなかった時期がありました。都市伝説的な話も含めて、神社って神秘的でミステリアスで、何かが隠されていそうじゃないですか。そういったものにどっぷり浸かっていたんです。
ただ、勉強をしてみると全く秘密はないんです。神社というのはすごくオープンな場所。かつて存在した「吉田神道」という神道の一流派は、密教を取り入れた秘密の大御所のようなところだったのですが、明治維新の際に廃止され、今はもうありません。また、江戸時代にそういったものは神道ではないと国学者の本居宣長が否定した歴史があります。
確かに都市伝説や古史古伝といわれる「偽書」にはあやうい魅力がありますが、それにとらわれていると本当のことが見えにくくなる。だから、神道の基礎を知りたいと思い、國學院大學神道文化学部で一から勉強をし直しました。そこで分かったことが、「祀り(まつり)」が「祈り」ということなんです。
――「まつり」というと、祝祭の「祭」の文字が思い浮かびます。北川:そうですよね。ただ、神道の根本精神は、神社への神様の「降臨」を願い、「祀り」を行うことです。神職はそれを一番重要視しています。その厳格な儀式の「祀り」を別の表現で「祈り」と呼ぶのですね。
――なるほど。北川:そして、「祈り」の語源は「意のり」ではなく「斎のり」です。ですから、「神様を祀るときに、心身を清浄に保って申し上げること」が「祈り」なのです。そうしたことを学術機関で学び、伝統的な「祈り方」を知って、願いを叶える方法を見つけました。その「祈り方」をいろいろな人に伝えたいという想いからこの本の執筆に至ったということです。