神社では「自分のための願掛け」はNG! 「祈り方の先生」に聞く参拝の本質とは? (4/4ページ)

新刊JP

今まで自分のことしか考えていなかったと反省し、これから自分以外のみんなのための祈りをしようと思いますが、他に清浄な祈りになるためのアドバイスがあれば教えてください。

北川:自分の目標を達成したいがために神社に願掛けをしているという方もいると思います。そうした参拝方法を書いている本もありますし、実際に願いが叶った事例もあるでしょう。ただ、それは確信によって達成できたものだと思うんです。

私は確信と対比する言葉として「愛情」という言葉を使っていますが、「愛情」は母親が実の子どもに対して抱くような見返りを求めない無償の愛なんですね。その愛情を持っている人の願いが叶わないはずがないんです。

それは日本最古の歴史書である『古事記』を見ても分かります。天照大御神(アマテラスオオミカミ)は、乱暴な振る舞いをする弟の須佐之男命(スサノオノミコト)のことを最後までかばいました。田んぼのあぜ道を壊したり、水を引く溝を埋めたりするのに、です。でも、最後まで守った。これはまさに無償の愛だと思うんです。

その無償の愛をもって祈る場所が神社なんですね。

――「愛情」を持って祈ることが大事である、と。

北川:そうですね。「愛情」をもっと言い換えると、「世のため人のため」になります。神道では「愛情」という言葉をあまり使わないのですが、一般の方からすれば「愛情」の方がピンと来るのではないかと思って、本の中では「感謝の祈り2割、愛情の祈り8割」と書いています。

(後編に続く)

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