「天才」の正体と「天才」になる方法 (2/5ページ)
宇宙の謎に迫る量子力学という最先端分野の天才に、ノーベル賞を受賞したリチャード・ファインマンがいます。彼はそうした既存の価値観の狭さに関連するような言葉を残しています。
「もし量子力学を理解できたと思ったならば、それは量子力学を理解できていないということだ」(If you think you understand quantum mechanics, you don’t understand quantum mechanics.)
「記憶力が優れている」「計算が速い」「大人にとって何か便利な能力を授かっている」。そのような既存の価値観で能力を分類しようとした時点で、天才自身が見ている方向とズレているのではないでしょうか。
天才を定義するためには、できるだけ天才の立場に立ち、天才と同じ方向を見るべきだと思います。少なくともその方向に見えてくるのは大人が期待する「便利な才能」ではないはずです。
では何が見えてくるのでしょうか。私が出会った天才からヒントを探ります。
■天才が見ている風景
天才に会ったといっても、私から見て天才に見えただけで、本人は自分を天才とは思っていないでしょう。しかし大学で出会った時、私はたしかに彼を天才だと感じました。
それは大学3年生の時、物理化学Ⅲという講義を受けていた時期です。まさにファインマンが登場する量子力学の授業でした。
出てくる波動関数が、私にはどうにも理解できない。そこでその友人に説明を求めました。するとすらすらと説明してくれるので、彼が理解しているということは理解できましたが、ある瞬間についていけなくなり、やはり私は理解できませんでした。
私は理解することをあきらめて、話を変えました。
「理解するための何かもっと根本的なコツでもあるのか?」
すると彼は意外なことを教えてくれました。
「2つしかない。簡単な例に置き換えるか、図や絵にするか。幼稚園の時からこの2つしかしてない」
彼から聞いた具体的な話はこうでした。すこし数字が並びますが、簡単な計算です。