「天才」の正体と「天才」になる方法 (5/5ページ)
◇つまり「天才」の正体とは
天才とは、誰も見たことがない風景が見えてしまっている人のこと。
そしてこの「見えている」ということこそが、天才の最大の強みです。
なぜなら、見えていれば進むことが怖くないからです。未知の世界へ踏み出す一歩を妨げるのは、恐れです。恐れは、見えていないことから生じます。
車の運転がそれほど怖くないのはブレーキがついているからですが、それだけではありません。一度ブレーキを踏んで止まった経験をしているからです。止まった時の自分をイメージできるから怖くないわけです。
身震いするほどの素晴らしい風景を目の当たりにし、そこに到達するために才能を磨き上げ、到達するための前進を全く躊躇しない人。それが天才の正体です。
■今からでも天才になれる?
ということは、そのとびきりの風景にさえ会うことができれば、私たちにもすばらしい「創造性」「好奇心」「集中力」が芽生え、天才になれるのかもしれません。
とにかくそのとびきりの風景を見てしまうまではインディ・ジョーンズのように片っ端から冒険すればいいのではないでしょうか。そこにしつこさは必要であっても、才能はあまり関係なさそうだから、誰でも参加できそうです。
唯一気がかりなのは、やはり過去の尺度を持ち出して、既存の常識であれこれ評価したがるシステムの存在です。特に小学校の通信簿は、次のような注意書きが必要かもしれません。
「成績は一部の才能を測っているにすぎません。深刻に受け止めすぎると健康を害する恐れがあります。未知の才能については各自、探索を怠らないように」
これまでの天才が教えてくれるのは、その天才の入り口となる風景は無限にあるということです。天才が見ている風景は、過去の常識にも、既存の物差しにもとらわれません。つまり自分にとっての天才の入り口は、思っているよりもたくさんあるということです。
前に進まないから見つからないだけで、進んでみると無数に転がっているはずです。
生物の能力は想像以上にはるかに膨大。それに比べて私たちが勉強している内容はあまりに狭く、スポーツが教えてくれる身体能力も、私たちが生まれ持っている可能性からすればあまりに狭い。
様々なことを経験し続け、いつか目の前に誰も見たことのない風景が広がったとして、とてつもない集中力が込み上げてきたとしたら、それは天才への入り口に立ったということかもしれません。
そうだとしたら、鳥肌が立つはずです。
私はいつか必ず、そこに立ってみたい。
(尾池哲郎)
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