その手があったか!人々の心を見事に掴んだ織田信長の「引っ越し」エピソードを紹介【下】
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その手があったか!人々の心を見事に掴んだ織田信長の「引っ越し」エピソードを紹介【上】時は戦国時代、尾張国(現:愛知県西部)を統一した織田信長(おだ のぶなが)は、北の美濃国(現:岐阜県南部)を攻略するため居城(本拠地)の移転を計画します。
その候補地として険阻な二ノ宮山(にのみややま)が発表されましたが、便利で快適な清州(きよす)から不便な山奥に引っ越すことに、家臣も領民も大ブーイング。
でも、信長に逆らうのは怖い……そこで渋々引っ越しの支度を始めたのですが……。
信長の「英断」で移転先を小牧山に変更「……畏れながら、御屋形様。此度の移転にございますが……」
居城の移転期限が近づくにつれ、家臣や領民の不満が絶頂に達しつつある中、宿老たちが信長に再考を進言しました。
「うむ。そろそろ“潮時”じゃのう」
不満の声も一通り出そろい、みんなの怒りも諦めに変わろうとしているタイミングを読んで、信長は言います。
「……良かろう。そなたらの進言を聞き入れ、二ノ宮山への移転は取りやめて居城を小牧山に改める」
ここでいきなり出て来た小牧山とは、清州よりは北ですが二ノ宮山よりは南。しかも二ノ宮山のように山々に囲まれた険阻な場所ではなく、平野部を見晴らすように山一つが小高く盛り上がり、近くに川も流れているため、交通の便も決して悪くありません。
思いもよらなかった「英断」に、家臣たちは驚くやら喜ぶやら。二ノ宮山へ移住させられるものと諦めモードになっていた領民たちも、喜んで小牧山へと移住していったのでした。
終わりに……なのですが、実は信長に「居城を二ノ宮山に移す」つもりなど全くありませんでした。
最初から小牧山に着目して移転する肚(はら)を決めていたものの、みんな便利で快適な清州から移住することに抵抗があるので、次なる戦略を遂行するモチベーションを維持するためにも、なるべく不満は残したくありません。
そこで信長は、まずわざわざ山に登る芝居まで打って「(不便極まる)二ノ宮山に居城を移転する」と命じることで家臣や領民の不満を一気に高めてしまい、一通り怒らせたタイミングで「分かった分かった。みんなの意見を聞き容れて、小牧山にしよう」と物分かりの良さを示します。
すると人間不思議なもので、「二ノ宮山よりよっぽどマシ」と思うだけで小牧山が魅力的な移転先に見えてきて、おまけに「御屋形様も、わしらの言い分を聞いて下さった事だし」と怒りも解消。
信長が美濃国の攻略へ踏み出した小牧山城(現:小牧氏歴史館)。
かくして「ガス抜き」に成功した信長は粛々と小牧山への移転に成功。ほどなくして美濃国も攻略、岐阜城へと移っていくのでした。
恐ろしいばかりでなく、時として人の心を見事につかんで「天下布武」へと邁進していった信長らしいエピソードだと思います。
【完】
参考文献:和田裕弘『信長公記―戦国覇者の一級史料』中公新書、2018年10月5日 4版
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