知らずに身売り契約書にサイン…アメリカで奴隷生活も体験した総理大臣・高橋是清の壮絶人生【上】 (2/3ページ)
何でもブラウンという裕福な家へ移してくれるそうで、そこならば自由に勉強ができると信じ込まされた是清は喜んでサインをしてブラウン家に移り住みました。是清14歳の頃でした。
渡米時代の高橋是清(写真右側)(1867年)Wikipediaより
ところが、是清がサインしたのは「身売り契約書」。つまり、是清は奴隷として売り飛ばされてしまったのでした。
奴隷として働かされる日々が続きますが、是清はなんとかその境遇から脱することに成功します。友人の助けもあって契約書も破棄することもできました。脱出する直前、是清は次に奴隷として売られる家が決まっていました。
その家では部屋に布団まで用意されているという噂を耳にしていましたが、友人に「せっかく親切に、夜具布団まで買ってくれていたのに、気の毒だな…」 ともかく、こうして是清は無事日本へ帰国したのでした。