仏教者の中でも大人気の真言宗開祖 弘法大師・空海の即身成仏と現実肯定の哲学 (2/4ページ)

心に残る家族葬



それでも最澄に関しては、鎌倉仏教の祖師たちが天台宗の総本山 比叡山延暦寺の出身であることで、最澄自身が未完成に終わった天台教学を評価しない人でも、仏教史に与えた影響については認めざるをえない。一方で空海に対しては時の政府にとりいった「俗物」「大山師」などと酷評されていた。

■空海が再評価されたのは戦後だった

戦後、空海の思想が再評価されたのは宮坂宥勝(1921〜2011)ら密教学者や梅原猛(1925〜2019)などの一連の著作に寄るところが大きい。その結果、知名度が上がると共に密教の神秘的な側面が作家などの題材にされ今日の人気に至る。
一方でカルト系教団の勃興にもつながる副作用もあった。しかし本来の空海の思想は現実逃避、現実否定につながりやすいオカルト的なものとは相反する。むしろ現実世界を肯定し生命の素晴らしさを説いたものであった。その真髄が「即身成仏」である。

■即身成仏とは

密教の究極は「即身成仏」にある。成仏とは悟りを開いて仏(ブッダ=目覚めた者)になることであり、死んで「仏様」になることではない。日本では成仏とは死後に極楽なり天国なりに行くことだとされる。だから死者に対して「迷わず成仏してくれ」などと言う。この世を去り、安らかな世界で休んでくれというほどの意味である。

日本人の死生観と仏教思想、わけても浄土信仰が混淆して形成された解釈されたものとされるが、成仏を死後・死者の意味で用いるのは日本人だけである。この意味でいえば「即身」などと言うからには早々にこの世から去ること、つまり自殺に近い意味にとれなくもなく、東北で盛んだったミイラ仏「即身仏」もそのような解釈の果てに到達した姿だといえる。では空海が本来解き明かす即身成仏とは何かというと、この身、この肉体を持ったまま仏になるということだった。

■空海は死ぬことなく生きたままの状態、つまり現実世界でも悟りは開けると説いた

通常の仏教では成仏、つまり悟りを開きブッダになるには、ほとんど無限に近い時間がかかるとする。そのためには輪廻転生を何度も繰り返さなければならないという。これに対し空海は「父母所生の身」つまり父母の間に生まれたこの身体のまま悟りは開けるというのである。
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