三船敏郎や勝新太郎、王貞治…超BIGスター「男どまんなか発言」 (5/6ページ)
ところが……その王に続く球界2人目の国民栄誉賞受賞者“鉄人”衣笠祥雄(享年71)が、それを否定してみせた(91年1月28日号)。44歳の衣笠も古き良き銀座を振り返り、こう言った。「昔は王さんも凄すごかったし、柴田(勲)さんも凄かったね。銀座というとジャイアンツの選手が多かったですね」
ワンちゃんは、本当のことは言わない策士だった!?
王を豪球で苦しめ、衣笠と広島で一緒にプレーした江夏豊(71)は、95年9月4日号で、プロ野球選手からタレントに転向したパンチ佐藤と対談した。“今の選手はマスコミの目を気にして遊ばない”というパンチに、江夏はうれしそうに話したのだった。「衣笠なんか気も合ったし、国民栄誉賞とかエラいもんもらったけど、そうやな、遊びのほうも好きだったな」
パンチの恩師にあたるのが、オリックス時代の監督 ・仰木彬(享年70)だ。「仰木さんは、現役時代は豪傑ぞろいだった西鉄ライオンズの一員。相当の遊び人だったとか。それが、野茂英雄やイチローからも尊敬される名将になるのだから面白い」(スポーツ紙記者)
パンチから、自分に戦力外通告をした理由を聞かれると、当時59歳の仰木はデッドボールを受けたパンチが倒れて動かなくなったときの話を始めた(95年1月16日号)。「球場内がシーンと静まり返ると、なんや突然立ち上がって全力で走り出した。(中略)あのときのタイミングと場内の爆笑を聞いたとき、この男、野球なんかさせとくのもったいない。自分のキャラクターで勝負できる世界のほうが向いとる。こうひらめいたわけや」
野球選手としてはイマイチながら、芸能活動が順調のパンチは、仰木にひれ伏すのみだった。