「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」という言葉知ってる?鈴木春信の浮世絵に見る江戸時代の梅の花 (4/6ページ)
江戸時代の梅事情
梅は、新元号の“令和”の典拠である日本最古の和歌集“万葉集”の梅花の歌の序文にもあるように、古くから日本人に親しまれてきたことが分かりますが、元は中国から日本に伝来した樹木であり、“春告草”とも呼ばれました。ちなみに旧暦の2月は“梅見月”とも呼ばれます。
桜は元は山桜という日本原産の樹木ですが、梅はもともと日本にはなかったものなので、庭や庭園などに植えて愛でられることが多い花木でした。
江戸時代の冬は今よりとても寒く、小氷河期に入っていたとも言われています。江戸中期以降は隅田川が三度も凍りつきました。江戸の人々はとても寒い冬を過ごしていました。早く春が来てほしいという思いは切実であったと思います。
江戸の“梅の盛り”の時期は現代とは比べ物にならないくらい、梅は切り花や盆栽・庭木として愛でられ、人々は「梅見」に繰り出しました。多くの花梅の品種は江戸時代に作られたと言われています。
江戸の梅は通人が好むとされ、梅の名所としては、亀戸の梅屋敷や新梅屋敷(向島百花園)、蒲田の梅屋敷などが有名でした。