かつては「幸せな気分になる薬」だったが… 人類の歴史を変えた「薬」たち (1/3ページ)

新刊JP

『歴史を変えた10の薬』(トーマス・ヘイガー著、すばる舎刊)
『歴史を変えた10の薬』(トーマス・ヘイガー著、すばる舎刊)

人類の発展に対して、「薬」は非常に重要な役割を果たしてきた。
時にそれは歴史を大きく変えるきっかけとなった。

■幸せな気分になるボーナス付きの「薬」はなぜ取り締まられたか

例えば、「アヘン」と「モルヒネ」。
アヘンは「麻薬に関する単一条約」のもと、国際統制下にある麻薬だが、20世紀までは「薬」とみなされていた。そのうたい文句は「痛み止め、睡眠薬、消化薬、咳止め、頭痛止め、目の炎症、ケガ、痛風に しかも幸福な気分になるボーナスつき」(『歴史を変えた10の薬』カバーより)というものだったそうだから、驚きである。

かつて魅惑の薬とされ、大航海時代において重要な商品であったアヘンは、1840年に清国とイギリスの間で戦争を引き起こしている。
「アヘン戦争」である。
アヘン戦争が起きる前の1830年代後半では、当時の中国の人口の1%にあたる400万人がアヘン常用者だった。それを問題視した清国は、大量の金が動くアヘンの密輸入を断ち切ろうとして、輸入を促進していたイギリスと戦争する。
この戦争はイギリスが勝利したが、清の皇帝・道光帝はそれでもアヘンに対して毅然とした態度を取り続けており、「我が民の悪習と苦悩から利益を得るという誘いに一切応じることはない」としていた。
彼の3人の息子は、実はアヘンの影響で亡くなっていたのだ。
アヘンは鎮痛剤だけでなく、娯楽として使われる世界中の一般市民が求める薬だった。だがそれは、大きな問題を起こす原因にもなっていた。

一方のモルヒネは、19世紀にアヘンのメリットの部分に対する研究が発展する形で精製された。アヘンからモルヒネを初めて単離したのは、ゼルチュナーという当時20代前半の若手研究者だったが、無名のまま亡くなっている。
医療における実用化が進んだのはそれからだ。
アヘンより鎮痛効果がはるかに強いモルヒネは、病院の薬局や医師のカバンにつねに収まっている薬剤になる。1841年にはシャルル・ガブリエル・プラバというフランスの医師が、新しいツールである「注射器」を医学に導入。「プラバ」と呼ばれるようになった注射器は、モルヒネの投与に使われるようになった。

しかし、モルヒネは一方で殺人の道具にもなったのである。

「かつては「幸せな気分になる薬」だったが… 人類の歴史を変えた「薬」たち」のページです。デイリーニュースオンラインは、カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る