元々は季節の分かれ目ごとにあった「節分」なぜ2月3日を表す言葉になったのか? (2/3ページ)

Japaaan

鬼を追い払う儀式自体は平安時代から

桃太郎豆蒔之図(月岡芳年 画)

実は、鬼を追い払う儀式自体は平安時代から続いています。これらは中国から伝わった「追儺(ついな)」や「鬼やらい」というものが元になっていると考えられています。

かつてこのような儀式は、弓矢やたいまつで鬼の面をかぶった人間を追い立てるといったものでした。平安時代に書かれた『蜻蛉日記』にも、「追儺」が登場します。

作者の藤原道綱母は、「人は童、大人ともいはず『儺やらふ儺やらふ』とさわぎののしるを、我のみのどかにて見聞けば……」と記しています。もしかしたら、「儺やらふ」という掛け声は、いまでいう「鬼は外!」の走りだったのかもしれません。

こうして鬼(厄)を祓う儀式として親しまれた節分ですが、室町時代から徐々に形が変わっていったようです。弓矢やたいまつを使う代わりに、豆をまくようになっていくのです。

ではどうして豆をまくことが、鬼を追い払うことにつながるのでしょうか?

豆には「魔滅」の力が?

日本の食生活の多くは、豆・大豆といったものに頼っています。醤油、味噌、納豆、豆腐など、私たちの食事には、大豆から作られるものが実にたくさんあります。大豆なくしては、日本人の食卓は成り立たないといっても過言ではないでしょう。

大豆は、米をはじめとして、麦、あわ、ひえとともに「五穀」と呼ばれ、大切にされてきました。農作物が豊かに実ることを「五穀豊穣」といいますが、大豆はその象徴です。そのため、大豆には古くから神聖な力があると信じられてきたのです。

また、豆には、「魔滅」という字があてられることもありました。

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