歴代総理の胆力「三木武夫」(3)睦子夫人の存在が「駄々っ子な三木」を支えた (2/2ページ)

アサ芸プラス

『パパが一番上のを間違えたからよ』と夫人に指摘されると、三木は『一つしか間違わなかったのに、なぜ全部違ってしまったのか』と嘆いた」

「三木の“電話魔”ぶりは知られていたが、覚えている番号は自分の家のほか、一つか二つだけだった。電話は、自分でかけるものではないと思っている。三木が電話をかける段になると、決まって夫人が大判のノートを持って来、夫人自らがダイヤルを回すのが常だった。この間、三木は腕組みなどをしながら、当然といった顔をしていた。

 色紙などの揮毫の時も同様で墨は決して自分でするものではないと思い込んで、常に待つだけであった」

「どう接したら子供が喜ぶのかといったことにも、まったく不器用そのものだった。ひとり娘の紀世子(きよこ)(のち参院議員)が20歳のとき、『相撲を取ろうか』とやって逃げられたことがある」

■三木武夫の略歴

明治40(1907)年3月17日、徳島県生まれ。アメリカ留学を経て、明治大学法科卒業。昭和12(1937)年4月、衆議院議員初当選。昭和49(1974)年12月、田中退陣を受け「椎名裁定」で自民党総裁、三木内閣組織。総理就任時67歳。昭和63(1988)年11月14日、81歳で死去。

総理大臣歴:第66代 1974年12月9日~1976年12月24日

小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。

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