痛々しいけど愛おしい♡室町時代の中二病文学「閑吟集」より特選14首を紹介【下】 (4/6ページ)

「これでも俺、先月までは御殿で暮らしてたんだぜ……?」飢えと寒さに、かつての幸福を懐かしむ人々。
「かつては世の栄耀栄華を極めた俺も、今じゃこんな侘しい暮らし……本当に世の中、明日の事は判らないもんだなぁ……うぅ寒いっ」
そんな嘆息が聞こえてくるようですが、「お前なんか、まだマシな方さ」とばかり次の歌が詠まれています。
せめて 時雨(しぐ)れよかし 独り板屋の淋しきに
【意訳】せめて時雨でも降ってくれれば、独りぼっちの淋しさが少しは紛れるのに……。
こちら篠屋よりも屋根・壁のしっかりした板屋(バラック)ですが、あまりにも静か過ぎて独りぼっちが身に沁みる……それに比べれば、雨漏りが絶えない篠屋であっても、誰かと一緒に居られるなら、その方がよほどマシだと言っているのでしょう。
皆さんなら、どっちがマシだと思いますか?
13、申したやなう 申したやなう 身が身であらうには 申したやなう【意訳】告白したい。告白したい。私の身分さえちゃんとしていたなら、告白できるのに……。
身分違いな恋の典型例みたいな一首、自分の身分に引け目を感じて告白できずにいる心情が詠まれています。