静かな川原で繰り広げられた血みどろの惨劇!目久尻川のカッパ伝説を紹介 (2/4ページ)
カッパに作物を奪われ続け、ついにキレた村人たち
今は昔、この川の流域にカッパが棲みついておりました。よほど居心地が良かったのかカッパたちは順調に繁殖、すると食糧が足りなくなってしまいます。
川で獲れる魚には限りがある……となれば、陸に上がって人間たちの作物に目をつけ、手を出してしまうのは自然な流れ。
古来カッパは「川の神様(河伯、かはく)」であり、その思し召しとあらば多少の被害は微笑ましく見守るのが人間の務め……とは言いながら、カッパの数はどんどん増えて留まるところを知らず、被害も比例して拡大。
それでも人間たちは神様の思し召しならば、と我慢を重ねていましたが、カッパたちの手が神様にお供えする御厨の作物にまで及んだ瞬間、とうとう人間たちはキレてしまいます。
「畏れ多くも寒川大明神(※相模國一宮・寒川神社の御祭神)にお供えする作物を奪うとは不敬千万!あんな奴らは神様ではない!」
「そうとも!積年の恨み、今こそ晴らさでおくべきか!」
「おう、殺(や)らいでか!」
村人たちは手に手に鍬に鎌に松明を持って川に集結。その上流と下流から総力を挙げて「川狩り」に乗り出したのでした。
目玉をくじってカッパの尻に……!さて、人間たちに完全包囲されてしまったカッパたちは抵抗も脱出もままならず、親分をはじめほとんどの者が捕らわれてしまいました。
