2009年WBC世界一 「イチローの8球」の陰にあったドラマ (4/5ページ)

新刊JP

ある時から、ヤクルト投手陣が、意図的に高めに速い球を投げてくるようになって、一時期高橋は、ヤクルト戦でほとんど打てなくなったんです。もちろん、ヤクルトのスコアラーや捕手の古田敦也らの力もあったはずですが、それを率いる野村監督に対して、「すごいなこの人は」と思いましたよね。自分もいつかこんな風になりたいなと。

――日本が優勝した第2回WBCの侍ジャパンでチーフスコアラーを務めるなど、国際試合経験も豊富な三井さんですが、国際試合ならではの難しさはどんなところにあるとお考えですか?

三井:やはり、相手をまったく知らないことでしょうね。映像データなどはNPBのスタッフが国ごとに集めてくれるので、それを見て分析して資料にまとめるのですが、そもそも顔と名前がなかなか一致しないので……背番号で覚えるしかありません。

選手にもデータそのものは渡さずに、投手であれば背番号と投げ方とボールの軌道だけミーティングで説明する形にしていました。

――当時のキューバ代表には、現在ニューヨーク・ヤンキースでクローザーを務めるアロルディス・チャップマンがいました。当時から「160キロを超えるボールを投げる左投手」として評判でしたが、日本代表は彼を攻略しました。この時のアプローチについてお聞きしたいです。

三井:原始的な方法なのですが、高めの速いストレートに手を出さないように、ヘルメットを深くかぶるように指示したのが一つ。それから、走者が出たら塁上から揺さぶりをかけることですね。チャップマンは走者がちょろちょろするとカッカするんですよ。彼も当時は若かったですからね。

あのキューバ戦は負けたら終わりで、日本に帰らないといけないという瀬戸際の試合でしたから、何とかチャップマンを攻略しないといけないということで必死でした。

――延長戦となった決勝の韓国戦は、相手クローザーの林昌勇(イム・チャンヨン)から打ったイチロー選手の決勝タイムリーが今でも語り草になっています。あの打席の直前にアドバイスを求められたとか。

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