『サウダージ』が“私の”曲になるまで (2/4ページ)

マイナビウーマン

一度、シャッターの降りた店の前に佇んでいた「たのしい運動会」という古いガチャガチャを二人で回したことがある。「お金がないから二人で一つだけ買おう」ということになって、玉入れや綱引き、徒競走のミニチュアの写真を見ながら、これかわいいね、これが出てほしいなと回したのだけど、出たのは「退場門」と書かれた白くて細い棒きれだった。

「ただの棒じゃん、最悪、全然楽しくねえ~」と涙が出るほど爆笑している彼を見て、あーこの人のこと好きだな、と思った。それで、どちらから好きと言ったのかは覚えていないけれど、私たちは付き合うことになった。

いろんなところにデートに行ったけれど、彼も私もとにかくお金がなかったから、多いのは公園だった。新宿御苑の芝生にブルーシートを敷いて、写真を撮ったりギターを弾いたり、それに合わせて歌ったりするのが好きだった。

彼は犬を見つけると、「あっ、ワンコロ」と言い、他のことそっちのけで犬にカメラを向けた。日が暮れてくるとカメラ屋を覗き、散歩して、屋台のラーメンを食べて帰る。無性に楽しくて、けれどこんな日常はずっとは続かないだろう、という予感だけが最初からあった。

メンタルの不調で彼の休職が決まり、私が彼の通院に付き添うようになったころから、私たちの関係は少しずつ変わっていった。

日中、仕事をしているとLINEがくる。気付かずに30分ほど放置していると、電話がかかってくる。慌てて会社の外からかけ直すと、電話に出た彼は一言目に必ず「ごめん、助けて」と言った。

躁と鬱を行き来する彼のことを、恋人としてできる限り支えたかった。けれど、LINEが1日に1000件きたりひどい暴言を吐かれたりするようになるにつれ、私も会社を休みがちになっていった。

ある日、彼と一緒に美術館に行って、お金を払おうとしたら「あ、手帳あるから無料で入れるよ」と止められた。彼の手帳を見た受付の人が「1名様とその介助者の方は無料です」と言ったとき、誰も悪いことをしていないのに、“介助者”という言葉に胸を刺されたような気分になった。

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