福岡県飯塚市筒野の権現谷にある五智如来板碑を調べてみた (2/6ページ)

心に残る家族葬



左側上部が欠けた中央の五智(ごち)如来板碑が、この3基のうちのメインになるものと考えられている。三段に区分けされた上段には、胎蔵界大日如来を中心にして、5体の、密教における5つの知恵を表す如来、すなわち開敷華王(かいふけおう)・宝幢(ほうどう)・天鼓雷音(てんくらいおん)・無量寿(むりょうじゅ)の「五智如来」が並ぶ。
中段には、胎蔵界曼荼羅の中央に位置する中台八葉院(ちゅうだいはちよういん)を大きな梵字で表した種子(しゅじ)、四隅には四天王の種子が配されている。
下段には、神像1体と僧形2体の合計3体が彫られ、霊山・英彦山(ひこさん)の南岳・中岳・北岳それぞれに祀られた彦山(ひこさん)三所権現を表すなど、実に手が込んでいる。また、その裏側には、「勧進僧圓朝/奉立石體/五智如来像/彦山三所権現/八葉曼荼羅梵字…現世末代□□(判読不明)行者修理/養和二年歳次壬寅/八月初四日柱時正中」の銘文が刻まれている。

■両隣の板碑

左右の板碑には2行ずつの梵字が彫られているが、いずれも、下から上に読み上げる、大日如来の応・法・報の真言で、右側が大日応身真言の「ア・ラ・ハ・シャ・ナウ」と、法身真言の「アン・バン・ラン・カン・ケン」。左側は大日報身真言「ア・ビ・ラ・ウン・ケン」と上から下に読む胎蔵界五仏「ア(阿閦(あしゅく)如来)・アア(宝生(ほうしょう)如来)・アン(阿弥陀如来)・アク(不空(ふくう)成就如来)・アアンク(胎蔵界大日如来)」が彫られている。

これらの板碑を造立した圓朝の目的は不明だが、世の安泰を祈念して建てられたものと推察されている。

だが、何故、飯塚の筒野に、このようなものが建てられているのか。それは、福岡県田川郡添田町(そえだまち)と大分県日田市・中津市にまたがる、標高1200mの英彦山(1696(元禄9)年以前は彦山)における修験道の興隆が、大きく関係している。

■修験道として興隆した英彦山

霊山としての英彦山開基には、様々な伝承が存在する。例えば、天照大神の子・天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)が来臨・鎮座したことから、「日子山(ひこさん)」になったという神話。修験道の開祖・役小角(えんのおづぬ、634〜706)の入山。
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