福岡県飯塚市筒野の権現谷にある五智如来板碑を調べてみた (5/6ページ)
殊に、現在総面積214.1平方キロメートル、大体、埼玉県さいたま市や千葉県成田市と同じ規模の飯塚市内には、主要炭鉱跡だけでも、三菱鯰田(なまずた)・三菱飯塚・日鉄二瀬(にってつふたせ)・住友忠隈(ただくま)・古河目尾(しゃかのお)・相田(あいだ)・麻生綱分(つなわき)・麻生上三緒(かみみお)・牟田(むた)・三井山野・明治平山と11の炭鉱跡が存在し、小規模の鉱山会社、または個人的に掘り進められた狸掘りの坑道などを含めると、想像を絶する数の炭鉱が存在していた。たまたま石炭の鉱脈が筒野の権現谷周辺の地下に通っていなかったことから、取り壊されて「○○炭鉱△△坑」にならなかっただけの話だ。しかし、もしかしたら、「ここ」ではなく、無数に存在していたという、英彦山修験道に絡んだ小規模な修行の場が「○○炭鉱△△坑」になってしまっていたかも知れない。
また、炭鉱開発に限らず、大雨や台風による土砂崩れや河川の決壊、地震などの自然災害も、いつ発生するか、わからない。
■未来に残るもの 残り続けてほしいもの
100年後、200年後…今あるものが、果たしてどれだけ残っているだろうか。筒野の権現谷の石窟や五智如来板碑のように、「残っている」ことが奇跡であって、むしろ将来の原宿駅旧駅舎のように、「復刻」されることすら「幸運」で、跡形もなく消え去ってしまっているものが大半なのだろう。しかし、せめて、五智如来板碑を建立した圓朝の「思い」、すなわち、「世の安泰を祈念」や、彦山修験道における神仏への深い信仰心だけは、できることなら、これからもずっと、残り続けて欲しいものである。