阪神入団を逆転した巨人「疲弊した王は母の腕枕で寝息を立てた」 (3/5ページ)
早大進学だと諦めていた“金の卵”に、ライバル球団が肉薄していたことを知った巨人は仰天し、すぐさま、王獲得の極秘プロジェクトをスタートさせたのだ。その日、巨人では宇野庄治球団代表が福岡工の上野新投手の契約のため、九州に足を運んでいて不在だった。そのため、品川主計球団社長が対応し、「とにかく、まず僕が自分でご両親に会い、巨人の気持ちを伝えてこよう」と、報知のデスクを伴って押上に出かけた。品川球団社長が直々に出向いてきたので、王の両親は驚いた。王は不在だった。「うちのスカウトは、王くんは早大に進学すると考えていたんです。だから、決意を迷わせることはしたくないと諦めていたんですが、実は水原(茂)監督からは、“王くんを取ってくれ”と何度も頼まれていたんです」
これまでの経緯を熱っぽく語る品川に、王の両親は耳を傾けた。王の母親の弟で、一緒に品川の応対に当たっていた川口二郎は感極まって、こう口を開いた。「僕は巨人ファンで、戦前、洲崎球場で沢村栄治投手を見たこともあります」
実は、この王の叔父にあたる川口が、のちに巨人にとって“強い味方”となる。巨人が横槍を入れ始めたことは、ほどなく阪神の敏腕スカウト・佐川の耳にも入っていた。「王はオレが苦労して口説き続け、入団の言質も取ったのに、巨人がチャチャを入れてきたんです。元のレールに戻すため、ひとつ出張ってくれませんか」
佐川は、阪神の戸沢一隆球団社長のもとを訪れ、こう言った。佐川と戸沢が東京の王の家を訪ねたのは、親族会議の2日前の29日のことだった。王の両親は、これまで足繁く通い詰めてくれた佐川に好感を抱いていた。戸沢は困惑する王の両親に向かって、こう言った。「スター選手ぞろいの巨人では活躍できるか分からない。その点、うちには高卒の新人を大成させるノウハウがある。条件面も大きくアップさせてもらいます。ぜひ、阪神に来てください」
戸沢と佐川の猛烈な巻き返しに、王サイドは大きく揺らぎ始めていた。明けて30日、運命を決める親族会議の前日。報知のデスクは、王の店に顔を出した。いつものように母親の登美さんが応対してくれたが、デスクは何か釈然としないものを感じていた。態度がいつもと違うのだ。