阪神入団を逆転した巨人「疲弊した王は母の腕枕で寝息を立てた」 (4/5ページ)
「押しかけると必ず食事を出してくれて世間話をするんですが、この日は食事は出してくれましたが、話をしようとしない。僕と目を合わせないんです。どこか、よそよそしかったですね」
新聞記者の勘だろう。「こりゃ、何かあったな」 そう思い、早々に王の店をあとにすると、デスクは品川球団社長のもとに直行した。品川に話すと、「それは妙だな」ということになり、2人連れだって王の叔父の川口を訪問した。報知のデスクは以前、王からこう聞かされていた。「母は大事なことを決めるときには、必ず弟の川口さんに相談するんです。それから兄に相談して、最後に父親と話し合うんですよ」
これを思い出したのだ。川口ならば、“異変”の原因が何だか知っているはずだ。川口は複雑な表情で、こう説明してくれた。「実は昨日、阪神の戸沢社長と佐川さんが見えて、条件のアップを提示していったんです。さらに、阪神のほうが活躍できると熱心に口説かれたようです……」
すでにあたりは暗くなっていた。親族会議まではもう時間がない。焦る品川は、その場で川口に阪神の条件を上回る好条件を提示、翌日の親族会議で説明してほしいと懇願した。事ここに及んでは、川口にすべてを託すしかないと考えたのだ。
■長嶋茂雄と初対面の瞬間
8月31日――“運命の日”。王の両親は店を臨時休業とし、報道関係者に親族会議の場所を知られないように、朝早くに家を出た。親族会議は、王の親戚が経営する横浜の中華料理店で行われた。後日、報知のデスクが王の叔父の川口から聞いたところによれば、会議で口火を切ったのは兄の鉄城だったという。「貞治、まず、おまえは、どこに行きたいんだ? それが一番重要なはずだ」
すると王は、「僕は巨人に入りたい」と答えたという。鉄城が、「分かった。あとは大人に任せなさい」と言うと、緊張が解けたのか、王は母親の膝枕で、すぐに寝息を立ててしまったとか。会社で親族会議の結果を待っていた報知のデスクに、電話が入った。「5人いるんですが、横浜まで車で迎えに来てくれませんか?」
電話の主は鉄城だった。どうやって嗅ぎつけたのか、店の前には報道陣の人だかりができてしまっているという。