なぜ江戸には2種類の時刻があったのか?江戸時代の時刻を知れば江戸がもっと楽しくなる【その3】 (3/5ページ)

Japaaan

忠臣蔵八景 二だん目の晩鐘 画:歌川豊国

忠臣蔵八景 二だん目の晩鐘 画:歌川豊国

基本的に武士は「十二支で呼ばれる十二時辰」を時刻として使用していました。“時計”というものは大名や豪商などの一部の特権階級と言われる裕福な家が持つ贅沢品だったのです。

しかし江戸の町に「時の鐘」が鳴り響くようになって、初めて民衆の中に「数で時刻を数える」という感覚が浸透していったのです。

数での時刻の数え方

鐘で時刻を知らせる時、最初にこれから「時の鐘」が鳴るという合図として3回鐘が鳴りました。そしてその後時刻の数の鐘が鳴ります。時の鐘は十二時辰の“正刻”に鳴らされました。

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