桑田佳祐、コロナ、拉致、政権…「浅知恵」は大間違い!貫く「闘歌」 (3/4ページ)

日刊大衆

このときに“急に騒ぎ始めた”との声があったのですが、桑田の“Stay Home Blues”にも同様の印象を受けた人がいたのかもしれません。

 しかし、代表曲にこそ挙げられませんが、桑田は以前から、風刺や攻撃性のある曲も作っているんです。一般的に知られているサザンや桑田のイメージと違うため、そうした楽曲の存在を知らない人も少なくないようですが、その歴史は長いです」(前同)

 音楽ライターによると、すでに1980年代から桑田は硬派な曲を作っていたという。

「1983年に発表された“YELLOW NEW YORKER”は人種差別に異を唱えた内容になっており、同年発表の“かしの樹の下で”は中国残留孤児がテーマになっています。1985年発表の“悲しみはメリーゴーランド”では、隣国との歴史修正問題を暗に示すようなフレーズが盛り込まれており、重い話も取り上げていたんです」

■よりストレートになった90年代

 サザンオールスターズは1986年から一時活動を休止。個々のソロ活動を挟んで、1988年から活動を再開したが、この頃から社会派路線はよりストレートになっていったという。

「1990年に“政治家”というタイトル通り、政界や政治家を揶揄した楽曲が登場。さらに1992年には“ニッポンのヒール”というパパラッチや政治など社会のあらゆる事象を痛烈に皮肉った曲が発表されました。この後も1996年に“汚れた台所”、1998年に“爆笑アイランド”と、発売したアルバムに1曲は社会性のあるトラックが必ず入っていました。1990年代のサザンはシングルの売り上げも好調で、アルバムもミリオンやそれに近いセールスを叩き出していて、多くの人が愛聴。そのため、桑田のロッカーとしての反骨精神や攻撃性がかなり浸透した時期ではないかと思います」(前出の音楽ライター)

 サザンだけでなく、桑田のソロ活動でも、そのセンスが冴え渡った。

「料亭政治や医療、教育などを洒脱な言葉で揶揄した1994年発表の“漫画ドリーム”。

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