卑弥呼のモデル?それともライバル?神功皇后に征伐された土蜘蛛の巫女王・田油津媛 (2/6ページ)

Japaaan

鬼道に事え、能く衆を惑わした卑弥呼(イメージ)。

また鬼道(きどう)とは原始的なシャーマニズムと考えられ、神憑(かみがか)りとなった卑弥呼の神託を、弟が実務的な政治に反映させることで、人々は「神様が仰るのなら」と納得、国も安定したのでしょう。

そんな卑弥呼の活動時期については諸説ありますが、『三国志』『後漢書』などによれば、概ね中平年間(184~189年に即位)から正始年間(240~249年に死亡)と見られています。

更に調べていくと、同じ時代の九州地方に田油津媛(たぶらつひめ)という土蜘蛛の女王がいました。卑弥呼と同じく呪術を用いて国を治めており、中には卑弥呼のモデルではないかという説もあるそうです。

田油津媛とは、いったいどのような人物だったのでしょうか。

田油津媛の率いた「土蜘蛛」について

田油津媛の人物像を探っていく前に、まずは彼女が統治していた土蜘蛛(つちぐも)についてサラッと紹介したいと思います。

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