卑弥呼のモデル?それともライバル?神功皇后に征伐された土蜘蛛の巫女王・田油津媛 (3/6ページ)

Japaaan

土蜘蛛なんてちょっと物々しい感じですが、これは特定の部族名ではなく、日本(倭国)の中央を支配しているヤマト政権に順(まつろ)わぬ=敵対する諸部族に対する蔑称(差別的な呼び名)です。

彼らは建築文化が未発達であったことから、多くの者が自然の洞窟、あるいは山肌を掘って住居としており、そこから出入りする様子を「土籠(つちごも)」、それが転じて土蜘蛛に喩えられたのでしょう。

そんな土蜘蛛一族を従える田油津媛は筑紫国の山門縣(やまとのあがた。現:福岡県みやま市、柳川市)を統治しており、彼女を卑弥呼のモデルと考える方は、山門縣こそが邪馬台国だったのではないかと唱えています。

数々の武勇伝を残した神功皇后。月岡芳年「日本史略図会 第十五代神功皇后」明治十三1880年

田油津媛が登場する文献は、日本最古の歴史書である『日本書紀(にほんしょき)』。時は仲哀天皇九200年(※)3月、神功皇后(じんぐう こうごう。第14代・仲哀天皇の皇后)によって討ち取られたことが記されているのみです。

(※)神武天皇の即位を紀元前660年として、記紀神話を元に割り当てています。

……丙申、轉至山門縣、則誅土蜘蛛田油津媛……
※『日本書紀』巻第九より。

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