王貞治と柳田悠岐も! プロ野球「師弟の絆」列伝 (3/5ページ)
二刀流・大谷翔平(現エンゼルス)も、その一人だ。「彼が二刀流選手として活躍できたのは、それを許した日本ハム栗山英樹監督の功績が大きい。当時、球界の重鎮たちのほとんどが、投手か打者か、どちらかに専念するべきだと主張していました。そんな外野の声を無視して、栗山監督は大谷との初対面の場で“君を投手と打者の両方で使うつもりで指名した”と明言。大谷の心をわしづかみにして、日本ハムに入団させることに成功したんです」(プロ野球関係者)
栗山監督の擁護もあり、大谷は日本でプレーした5年間で投げては42勝15敗、防御率2.52、打っては打率.286、48本塁打の堂々たる数字を残した。海を渡った今も、メジャーで二刀流を貫いている。
そして、メジャー名門中の名門、ニューヨーク・ヤンキースで活躍する田中将大にも偉大な恩師がいる。「今年2月に亡くなった野村克也さんです。打たれても、不思議と負けがつかないことから“マー君、神の子、不思議な子”と呼んだのは有名な話ですが、そんな野村さんが叩き込んだのが、“投げる球に窮したら、外角低め”という投球術の原点でした」(専門誌記者)
13年、楽天初のリーグ優勝がかかった試合で、野村監督の教えが生きた。「田中は9回裏に抑えで登板。一死ながらランナー2人を背負うピンチに陥りますが、最後の2人を三振に打ち取り、優勝を呼び寄せた。このとき、2人に投げた8球はすべて外角低めのストレート。