戦国時代、日本の地で剣術を修めた外国出身の武士「李家元宥」のエピソード【上】 (3/4ページ)
「よしんば城に入れたところで、たった50名では……」
副将の金敬老(キム キョンロ)や申浩(シン ホ)らが一度引き返して、兵を集めることを進言しますが、福男は意を決しました。
「いや、行こう」
日本軍は今にも総攻撃を開始するであろうし、いくら兵を集めたところで戦に間に合わなければ意味がありません。また、一度退いてしまえば命を惜しむ心が生じるでしょう。戦わなかった理由など、後からいくらでもつけられるのですから。
「しかし、あの包囲の中をどうやって……」
「者ども、鑼角(らかく。角笛)を吹き、太鼓を打ち鳴らしながら進むのだ!」
隊伍を整えて威儀を正し、福男たちが悠然と進んでいくと、南原城を包囲していた日本軍は「何事か」と振り返ります。
あまりに堂々としていたため、その決死の覚悟に応えるべく日本軍もあえて攻撃せず、福男たちは無事に南原城へ入れたそうです。古来、勇士は勇士を賞賛こそすれ、こうした豪胆の振る舞いに乗じて攻撃を加えることを恥とする価値観を共有していたことが判ります。
朝鮮武人の心意気を見せた壮絶な最期たった50名の援軍でしたが、日本軍に豪胆を見せつけたことによって南原城の軍勢は大いに沸き、勇み立ちました。
「よぅし、日本の連中に朝鮮武人の心意気を見せつけてやろうぞ!」
「「「おおぅっ!」」」
一方で、日本軍の陣営も「あれだけの豪胆を見せつけた朝鮮武人に負けてなるものか」と意気軒昂。両軍のテンションが最高潮に盛り上がる中、南原城の攻防戦が始まります。