戦国時代、日本の地で剣術を修めた外国出身の武士「李家元宥」のエピソード【上】 (4/4ページ)

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加藤嘉明と島津義弘。日本でも名が知られた猛将を相手に、福男は善戦した。

北門を守る福男は、賤ヶ岳七本槍の一人として有名を馳せた加藤嘉明(かとう よしあき)、そして後に鬼石曼子(グィシーマンズ。鬼島津)と恐れられる武勇を示す九州の雄・島津義弘(しまづ よしひろ)を相手どって大いに奮戦。

激闘が8月12日から15日の4日間にわたって繰り広げられ、日本軍の進入をよく防いだものの衆寡敵せず、ついに南原城は陥落。最期まで降伏することなく福男はじめ諸将は戦死、ただ主将の楊元のみ僅かな家丁と脱出しました。

故郷に残した妻と、まだ幼い聖賢はどのような運命を辿るのでしょうか。

【続く】

※参考文献:
岡部忠夫『萩藩諸家系譜(復刻版)』松野書店、1999年1月
朝鮮総督府『朝鮮人名辞書』第一書房、1977年8月

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